Column
空気と換気のコラム
坂本 雄三 先生
3.空調・換気の目標(室内環境基準)その①:法令で定めた空調・換気の目標
2022/06/30
法令で定めた空調・換気の目標
空調と換気が何のために必要かは改めて述べることもないでしょうが、ここでは日本の法令において空調や換気がどのように扱われているか、確認にしておきたいと思います。
建物を建てるときに最も基本になり重要になる法律は建築基準法です。建築基準法は戦前の市街地建築物法に前身がありますが、戦後は都市計画法が分離されたり、基準法自身も何度も改正されたりして、整備されてきました。建築関係者の間ではよく知られているように、建築基準法は建築物の敷地、構造、設備などについて最低の基準を定めたものであり、建築物に言わば「最低限の性能」を確保させるための法律です。建築基準法では、技術基準などの詳細は建築基準法施行令(政令の一つ)や国土交通省告示の中で提示されています。また、建築基準法だけではカバーしきれない部分や分野もあるので、建築基準法の運用(建築確認などの行政)においては様々な関連法令(建築基準関連規定という)との適合性も同時にチェックが行われています。
空調と換気の技術基準については、主に建築基準法施行令の129条の2の5に、「中央管理方式の空調設備」が提供すべき性能として、表1に示す室内環境基準が提示されています。また、厚生労働省が所管する「建築物衛生法」の「建築物衛生管理基準」においても表1と同じ基準値が提示されています。
表1 建築基準法において定められている室内環境基準(空気質の基準)
住宅などの空調設備は個別エアコンが主ですから、決して「中央管理方式の空調設備」とは言えませんが、住宅などの設計においても空調設備や換気設備に対しては表1の数値が設計目標となります。もちろん、ビルの室内温度については暖房時22℃、冷房時26℃とするのが、空調設備設計における常識であり、現実です。ですから、暖房時の17℃以上というのは低すぎます。最近は、住宅においても冬期の低温は居住者の高血圧などを招き健康に良くないことが知られるようになりました。WHO(世界保健機構)でも冬期の居室室温は18℃を推奨しています。本来ならば、建築基準法や建築物衛生法でも、このような最新の研究成果や世界の情報を勘案して、空調が目標とすべき室温や湿度を再設定すべきであると思われます。
このように、目標とすべき室内環境基準が法令には提示されていますが、その中の項目と基準値は時代と共に変化すべきものとして認識できます。また、建築基準法は建築物に「最低限の性能」を保持させるものですが、今回のコロナ禍でも見られたように、より高い空気環境基準を消費者側が要求するというケースも発生します。ですから研究者や技術者は、「法令で定めてあるからおしまい」という考え方ではなくて、将来や未来を想定して自己の仕事を考えていくことも必要です。
一方、1990年代に大きな社会問題となったシックハウス(建材からの化学物質の放散を原因とする居住者の健康被害)に対しては、2003年に建築基準法施行令の20条の8の1が設けられ、住宅の居室においても機械換気設備(24時間換気)を設置することが義務づけられました。これは、建築の材料・工法がバブル期前あたりから大きく変化したために発生した事故・事件に対応するための法令改正です。ですから、前述の室内環境基準の見直しと同様、今後も我々の健康と良い暮らしを維持していくためには、法令に過度に依存することなく、様々な情報の収集と分析が必要であると思われます。
以上のように、法令という建前ではありますが、室内の空気質に対しては、空調・換気設備が提供すべき基準値が設けられたり、換気設備の設置が義務づけられたりしています。法令を通じた、こうした国の行政は、国民の健康を守るために世界各国が行っていることであり、基本的には大いに評価できるものであります。
(つづく)
東京大学名誉教授
専門は建築環境工学。1948年、札幌市生まれ。北海道大学卒業後、東京大学大学院博士課程を修了。建設省建築研究所・研究員、名古屋大学・助教授、東京大学・助教授を経て、1997年に東京大学・教授に就任。2012年に東京大学を退職し、国立研究開発法人・建築研究所・理事長に就任、2017年まで勤める。国土交通省、経済産業省、東京都などにおける審議会や委員会の委員を歴任。中でも、建築・住宅の省エネルギー基準の制定やZEH・ZEBのオーソライズにおいては委員長を務め、それらの成立に尽力した。また、空気調和・衛生工学会の会長も2010年から2年間務めた。主な著書として、『省エネ・温暖化対策の処方箋』(日経BP企画,2006)、『建築熱環境』(東京大学出版会,2011)。
■坂本雄三先生コラム一覧
1.コロナ禍による換気の再認識 その①:コロナ禍と対策レビュー
3.空調・換気の目標(室内環境基準)その①:法令で定めた空調・換気の目標
4.空調・換気の目標(室内環境基準)その②:空調・換気の目標を達成するための技術と手段
5.これから(ウィズコロナ時代)の空調・換気システム その①:全館空調のための「序論」
6.これから(ウィズコロナ時代)の空調・換気システム その②:YUCACOシステム
※当コラムや画像等及びその内容に関する諸権利は、原則として株式会社トルネックスに帰属します。また、一部の画像・イラスト等の著作権は、原著作者が所有していますので、これらの無断使用、転載、二次利用を禁止いたします。
電話受付 9:00~17:30 ※土日祝を除く
お問い合わせ
フォームが表示されるまでしばらくお待ち下さい。
恐れ入りますが、しばらくお待ちいただいてもフォームが表示されない場合は、こちらまでお問い合わせください。
- 坂本 雄三先生コラム
- ウィズコロナの時代、家づくりにおける注意点
-
2022.08.18
6.これから(ウィズコロナ時代)の空調・換気システム その②:YUCACOシステム -
2022.08.03
5.これから(ウィズコロナ時代)の空調・換気システム その①:全館空調のための「序論」 -
2022.07.14
4.空調・換気の目標(室内環境基準)その②:空調・換気の目標を達成するための技術と手段 -
2022.06.30
3.空調・換気の目標(室内環境基準)その①:法令で定めた空調・換気の目標 -
2022.06.17
2.コロナ禍による換気の再認識 その②:換気の効用と役割 -
2022.06.02
1.コロナ禍による換気の再認識 その①:コロナ禍と対策レビュー
- 鍵 直樹 先生コラム
- ウィズコロナ時代に備えるための室内空気環境とは
-
2022.04.22
6.空気清浄機のフィルタの有効性について その② -
2022.04.08
5.空気清浄機のフィルタの有効性について その① -
2022.03.25
4.対策方法について その② -
2022.03.15
3.対策方法について その① -
2022.01.28
2.室内空気質と新型コロナウイルス感染症について その② -
2022.01.14
1.室内空気質と新型コロナウイルス感染症について その①
- 安達 修一 先生コラム
- ウイルスと健康のおはなし
-
2020.12.24
4.良い換気で感染を予防 -
2020.09.23
3.呼吸器の防御の仕組みと感染の予防 -
2020.08.27
2.空気で運ばれる病原体 -
2020.08.06
1.病原体と空気 - PM2.5による健康被害について
-
2017.07.26
6.健康に暮らすための空気の重要性 -
2017.06.29
5.PM2.5等の大気汚染から身を守るために -
2017.06.01
4.PM2.5の影響を受けやすい人 -
2017.05.11
3.PM2.5による健康影響 -
2017.04.25
2.PM2.5は呼吸で全身に侵入 -
2017.03.31
1.大気汚染はいつどこで起こるの?
- 矢口 貴志 先生コラム
- お家に潜む、見えないカビと健康のお話
-
2020.06.08
6.カビを増やさないための対策方法 その② -
2020.03.16
5.カビを増やさないための対策方法 その① -
2020.01.28
4.カビが原因で起こる健康影響や生活への影響 その② -
2019.12.16
3.カビが原因で起こる健康影響や生活への影響 その① -
2019.11.27
2.カビの基礎知識 その②:こんなところにもカビ? -
2019.11.08
1.カビの基礎知識 その①:カビってなんだろう?
- 丸谷 博男 先生コラム
- 健康と快適の素「空気と水」
-
2019.03.11
6.換気とはなんだろう -
2018.12.28
5.設備を活用して空気質をコントロールする仕組み -
2018.10.11
4.住まいの壁体内と室内の健康、そして気密・透湿・透気をつくる -
2018.08.23
3.高気密高断熱住宅の落とし穴 -
2018.08.09
2.湿気と健康 -
2018.07.24
1.空気質と健康
- 南 雄三 先生コラム
- 正しい換気と空気の関係
-
2015.02.26
6.換気はメンテが命 -
2015.02.10
5.必要な換気量 -
2015.01.21
4.必要な気密性 -
2015.01.07
3.計画換気の原則 -
2014.12.17
2.換気の目的と気密 -
2014.11.26
1.空気がきれいなのは内・外どっち?
- 井上 浩義 先生コラム
- ここまでわかったPM2.5 本当の恐怖
-
2015.06.01
6.PM2.5時事解説 -
2015.05.12
5.PM2.5から身を守るために(マスクのような繊維状フィルタの効果は?) -
2015.04.28
4.地域で異なる発生源 -
2015.04.28
3.PM2.5の発生メカニズム、発生状況(今後も続くPM2.5) -
2015.04.02
2.PM2.5による健康被害について -
2015.03.17
1.大気汚染の歴史から現在の汚染状況
- 坂本 弘志 先生コラム
- 快適な室内環境を実現するには
-
2016.05.19
6.外気清浄機を有する第2種換気の実現に当たっては -
2016.04.07
5.第3種換気で知っておきたいことは -
2016.03.15
4.第1種換気で知っておきたいことは -
2016.03.01
3.シックハウス問題は解決したか -
2016.02.16
2.VOCの測定から見た室内空気環境は -
2016.02.03
1.現在の換気設備が抱える問題点とは
- 福島 明 先生コラム
- 換気システムの課題とこれからの住宅換気
-
2017.11.28
6.暖房・冷房と換気 -
2017.09.07
5.自然換気という選択 -
2017.08.09
4.熱交換はお得か? -
2017.01.26
3.換気装置の維持管理 -
2016.11.28
2.24時間換気装置は働いているか?-換気装置が働かない訳- -
2016.08.03
1.空気環境の安全性
- トルネックス技術部コラム
- 本当の空気清浄能力って?
-
2016.06.08
4.フィルタの捕集効率の表し方の違いについて -
2016.02.02
3.外気の取り入れに使うフィルタに必要なこと -
2015.09.25
2.一般的にはどんな種類のフィルタがあるの? -
2015.07.16
1.フィルタって何?
- カスタマーサービス部コラム
- 外気清浄機を長く安心して使っていただくために
-
2018.07.24
吸引力を維持するために必要なこと、フィルタはいつもキレイが鉄則