Column
空気と換気のコラム

坂本 弘志 先生

2.VOCの測定から見た室内空気環境は

2016/02/16

はじめに

 平成15年7月にシックハウス新法が施行されてから、早くも12年が経過しました。施行後の3~4年間は、シックハウスに対して業界はもとより、一般社会の関心もかなり高いものがありました。残念ながら最近は、業界も含めて室内VOCに対する関心がかなり薄くなってきている事は否めません。その為に一見、シックハウス問題はほぼ解決されつつあると思われがちですが、実際にはシックハウス新法の施行後の室内のVOCに関しては、依然として多くの問題を抱えています。このような実情を踏まえて、NPO法人日本VOC測定協会が行っています、最近の測定事例に基づいて、今後の警鐘の意味を含めて、室内VOCに関しての現状と問題点について纏めて見ました。

測定例に基づく室内VOCの現状は

 図1は、過去5年間(平成23年4月~27年12月)における日本VOC測定協会で行なった8種類のVOCに関して、325件の測定・分析結果を纏めて示したものです。この結果に関して、大まかに纏めて見ますと、以下のものとなります。
 まずトルエンは、シックハウス新法の施行後の2~3年では、指針値をオーバーする件数は、15~20%とかなり高いものとなっていました。しかしその後は、トルエンの指針値をオーバーする件数は急速に少なくなり、最近の5年間では2.7%とかなり低くなって来ています。シックハウス新法の施行後の2~3年間は、それ以前に製造されたトルエンを含む接着剤等が多く使用された事によって、指針値をオーバーする事例が多々ありました。とくにトルエンによって引き起こされたシックハウス症候群が度々発生し、新聞等にも取り上げられ、大きな社会問題にもなりました。
 つぎにホルムアルデヒドは、シックハウス新法が施行されてからの2~3年では、指針値をオーバーする件数は1~2%程度と、オーバーする事例はほとんどありませんでした。しかし最近の5年間では、ホルムアルデヒドの指針値をオーバーする件数が徐々に増え始め、図1に示すように8%とかなり高いものとなっています。シックハウス新法の施行後の2~3年間は、ホルムアルデヒドの使用に厳しい制限がなされたために、その使用に当っては、細心の注意が払われていました。しかし、最近はホルムアルデヒドが指針値をオーバーすることはほぼないとの考えが業界で定着化し、そのためにホルムアルデヒドを含む接着剤や施工材の使用に当っての注意が緩慢になってきた事が指針値をオーバーさせる大きな要因であると考えられます。
 さらにアセトアルデヒドは、最近の5年間では、指針値がオーバーする件数は13%とかなり高いものとなっています。知ってのとおり、シックハウス新法では、ホルムアルデヒドを含む建材の使用の制限とクロルピリホス添加した建築材料の使用の禁止で、其の他のVOCを含む建材・施工材に関しての使用に際しての法的な制限や禁止はありません。そのために、住宅の供給者もアセトアルデヒドに対する具体的な対策法をなかなか見出せないのが実情です。

  


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図1 平成23年~27年の5年間VOCの分析結果のまとめ

  

今後の課題はアセトアルデヒド対策である

 アセトアルデヒドは、特異な刺激臭を持つ無色の液体で、ホルムアルデヒドと同様に、塗料や接着剤などに含まれており、頭痛やめまいを引き起こすシックハウス症候群の原因物質の一つです。接着剤では、酢酸ビニル樹脂溶剤系からの放散が多いことが分かっています。また水系合成塗料やエタノールが使用されている自然系塗料からもアセトアルデヒドが放散されている事例があります。現在のところ、これらの接着剤や塗料には、アセトアルデヒドの成分表示はされていません。溶剤では、工業用エタノールから多く放散されることが分かって来ています。またアセトアルデヒドは、木材から発生することが知られています。トドマツやカラマツ等の針葉樹、広葉樹のヤチダモからの放散が認められています。また最近国産建材用木材であるスギ材からの発散が確認されています。そのために自然素材を使用したからと言っても、必ずしも健康住宅であると言い切れません。
 またアセトアルデヒドに関しては、建築学会で分科会等を発足させ、検討された経偉がありました。残念ながら、ホルムアルデヒドのような具体的な対策法は纏まらず、現在はペンディング状態となっています。これは多分、アセトアルデヒドの発生が多岐に渡っている事と、発生機構があまり分かっていない事によるものと考えます。今後ともアセトアルデヒドに関しては、他のVOCと同様に明確な対策法は国の機関からは出されないと思います。したがって、現時点では、アセトアルデヒドそのものが含まれるものや、酸化によってアセトアルデヒドに変化する物質を含む接着剤、塗料、溶剤の使用を少なくするか、あるいは使用を避ける等の対策を取らざるを得ないのが実情です。

指針値をオーバーした場合のVOC対策は

 室内のVOC濃度が指針値をオーバーした場合の対策法は、建材等から自然に放散されるVOCを強制換気によって、室外へ排出する方法と、室内の温度上げ、建材等のVOCを強制的に放散させて、室外へ排出させる方法との二通りがあります。前者を強制換気方式、後者をベイクアウト法と呼ばれています。以下、この二つの方法について紹介します。

  

1.強制換気方式

 図2は、竣工時において0.105ppmなるアセトアルデヒドの濃度の経時変化を示したものです。この場合、ベイクアウトは行なわず、換気回数0.5回/hを有する排気型セントラル換気システムを、常時運転させた場合でのアセトアルデヒド濃度の経時変化です。約4ヶ月後において、アセトアルデヒドは、厚生労働省が出している指針値0.030ppmをクリアしている事が分かります。これまでの検証から、室内のVOC濃度が例え指針値をオーバーしても、換気回数0.5回/hの計画換気を行うことによって、大部分のVOCは、2~3月程度で指針値以下となることが知られています。


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図2 強制換気によるアセトアルデヒド濃度の経時変化

  

2.ベイクアウト法

 図3に示すように、室内のVOCを低減させる方法として、室温を上げることにより、建材等に含まれるVOCの発散を強制的に促進させる、いわゆるベイクアウト法があります。現在のところベイクアウトの期間と室温をどの程度にするかは、明確には確立していません。ただ、1週間程度の期間で、ベイクアウトを何回か行うことで、かなりVOCの軽減に有効であることが分かっています。また室温をあまり高くすると、内装材がはく離したり、建材が反ってしまったりすることがありますので、室温は30℃~35℃とすることが一般的なようです。


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図3 ベイクアウト法

  

 図4は冬季間において、室温を30℃まで上げて、期間が2日間のベイクアウトを1回行なった場合のホルムアルデヒドとトルエンを含むVOCの濃度変化を示したものです。2日間のベイクアウト期間中のホルムアルデヒドの濃度は、建材や施工材から大量に放散されるために、室内の濃度は一時的にかなり増大しています。しかし、その後急激に減少し、2週間程度で、指針値の半分以下まで低減する事が分かります。したがって、この例よりも高い濃度のホルムアルデヒドに対しても、同じようなベイクアウトを2~3回繰り返したならば、1週間程度で指針値以下に下げることが出来るものと考えられます。また図(b)に示すトルエンの濃度は約5200μg/m3と、指針値260μg/m3に較べて、約20倍と極めて高いものとなっていましたが、同様のベイクアウトを施すことによって、1~2ヶ月程度で大幅に低減し、指針値以下となる事が分かります。これらのことから、例えVOCがかなり指針値をオーバーした場合でも、2日程度のベイクアウトを2~3回繰り返して行うことによって、1週間程度でVOCの指針値をクリア出来るものと考えられます。
 このようにVOCが指針値をオーバーする事例が未だに多い事を考えると、VOCが指針値をオーバーした場合での対処法は極めて重要となります。現在のところ、指針値をオーバーした場合での対処法は、強制換気方式とベイクアウト法の二つがありますが、中でもベイクアウト法は、短時間で指針値をオーバーしたVOCを低減させるのに極めて有効な方法であると考えられます。ベイクアウト法は、単に室温を30~35℃に上げて、VOCを強制的に放散させる事が出来る極めて簡単な方法ですので、その採用と普及が強く望まれます。


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(a)ホルムアルデヒド
 
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(b)トルエン等のVOC
 
図4 ベイクアウト法によるVOCの濃度の経時変化

簡易型VOC測定器の有効性は

 VOCの測定に当たっては、多くの簡易型の測定機器が販売され、使用されています。その中の大部分は、TVOC(総揮発性有機化合物)と、HCHO(ホルムアルデヒド)の測定が可能なものであり、他のVOCの測定は現在のところほとんど出来ません。 それでは、簡易型VOC測定器の測定精度はどの程度のものとなっているかを示したものが図6です。図6示すように、例えばアクティブ法で測定されたホルムアルデヒド(分析は図7に示すHPLC,すなわち高速液体クロマトグラフで行なう)が60ppbの時の、簡易型ホルムアルデヒドの測定器での値は38ppbであり、112ppbの時では42ppbとかなりの違いがあることが分かります。厚生労働省が出していますホルムアルデヒドの指針値は80ppbですが、例えば測定値が79ppbであれば問題はないが、81ppbでは指針値をオーバーすることから、居住者は不安を抱くことになります。図5に示すように、簡易型ホルムアルデヒドの測定器での値は、アクティブ法で測定したものの最大で3倍程度の差異があることから、指針値をクリアしているか、あるいはオーバーしているかの判断には先ず使えないと考えるべきです。簡易型VOC測定器は、あくまでもVOCの有無の目安しかないことを、使用者は理解しておく必要があります。


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図5 簡易型ホルムアルデヒドの測定器の検量線図


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図6 ホルムアルデヒドの分析機器高速液体クロマトグラフ

おわりに

 シックハウス問題は解決し、過去の問題のようになった感もあります。これは、ただ単に色々な実情によって公にされていないだけなのです。また、シックハウス症候の患者と認定されても、当人の辛さは他人には殆んど分らず、多くは無関心なだけです。これが公に出てこない最も大きな理由であるものと考えられます。家を建てもらう人も、建てる人も今一度シックハウス問題に関心を持つことが求められています。万が一にシックハウス症候群の患者となった場合には、有効な治療法は無く、その回復は容易ではないのが実情です。そして回復には長い時間が必要とされます。そうなる前にシックハウスは、防ぐことが出来ます。次回は同じくシックハウス問題について取り扱います。

  


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■坂本弘志先生コラム一覧

1.現在の換気システムが抱える問題点とは

2.VOCの測定から見た室内空気環境は

3.シックハウス問題は解決したのか

4.これからの第1種換気に求められることは

5.これからの第3種換気に求められることは

6.外気清浄機を有する第2種換気を実現するには

  

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